ピアノ教師の父が、わが娘にピアノを教える日々
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Author:tktmth
ピアノ教師です。
妻、ふたりの娘。長女(いっちん)が5歳の誕生日を機に、ピアノのレッスンをはじめました。2008年11月に次女(ふーこ)が生まれ、4人家族になりました。この4月にいっちんは、年長組にあがりました。
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むすめのピアノ
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いまテーブルの上にある、いっちんのお絵かき道具。これで音符も書く。
□今日のレッスン 09:05〜09:20
1.レパートリー 「山の音楽家」
2.譜読み 呉暁「5才のリズムとソルフェージュ」 ふよみ 第35〜36番
3.リズム 呉暁「5才のリズムとソルフェージュ」 リズム 第5〜6番
4.ノート 「みぎて」 第31〜32番「おばけだ こわい エレベーターで すーう」
*** *** ***
いっちんはレッスン時の機嫌が安定しない。ふだんの生活はふつうになったが。
ふーこは今朝、3,400グラムを超えた。頬がふくらみはじめ、首の肉が二重に。やった。生まれたときとくらべると、「あなただれ?」という感じだ。
09:00をまわってレッスンがはじまる。たいした時間がとれないのが残念だ。
「5才」からふよみ課題の第35番の復習をする。
こちらが音符を指さし、じゅんに読んでゆく。つぎに手でリズムをたたく。そのリズムどおりに、音符を読んでゆく。最後に歌う。
昨日はようやっと最後までたどりついていた課題が、今日は2分くらいで、すんなりとできた。
本人もうれしいらしく、「きのうよりも、はやくできるようになったね。ひとつもまちがえなかったね」といって頬ずりを要求してくる。むお〜。
気をよくしていたので、つぎの第36番にもすすむ。
ヘ音記号の楽譜だ。いっちんは慎重にひとつずつ読みくだし、最後に歌った。
リズムは第5番を練習した。
おそらくすぐにひとりでできるだろうと見きわめて、予備練習なしではじめる。
右手で打つ「タタ・タン タタ・タン タン・タン タタ・タン」だけは確認させ、すぐに両手で異なるリズム奏を実施。1回で上手にできた。いっちんが、すでに自分のやるべきことを理解しているので、あとは練習あるのみ。
「おお、できた! すごいじゃないか、1回で。それじゃ、第5番は卒業しようね」といって、つぎにすすむ。
第6番は右手が2分音符だ。
しかし前回、この課題で失敗した記憶がよみがえってきたらしく、いっちんはきゅうに弱気になる。2分音符を示して、このリズムはなんて読むの? と訊いても答えない。
「ターア」だよね、としびれを切らせて僕がさきにいうと、怒る。
「さきにいわないで」とごねる。しかしそんなに口のなかでモゴモゴいっていたら、こちらに聞こえないじゃないか…。
右手でリズムをたたく。
前回の失敗の原因は、「ターア」で音符をのばす(ア)のとき、手はテーブルの上に置かれているものの、ひじを上下に動かしてのばした拍を勘定するためだ。これはいっちんが無意識に開発したテクニック。
いっちんが直感的に拍を感じていることは幼児のころから気づいていたが、両手で異なるリズム奏をする場合、右手がリズム本体を打つと同時に拍を勘定するような動きをすると、左手をあわせるのがよほどむずかしくなるのだ。拍を勘定しているのは、左手の役割なのだから。
両手で異なるリズムのむずかしさは、ひとりで、複数の時間をコントロールするところにある。右手+左手だけでもむずかしいのに、右手に2役、左手に1役で合計3役ではたいへんだ。
そこで僕は「ターア」で右手のひじを振るのをやめるようにいったのだが、自分のやりかたに口出しされるのを嫌ういっちんは反抗的だ。
「それじゃ、しかたがない。いっちんのやりたいようにやりなさい。ただしむずかしいぞ」
両手であわせる。
失敗する。
このまま練習をさせても実りはないので、ピアノ弾奏に切りかえさせた。
時間がもうないので、今日は「山の音楽家」のみとする。
最初のフレーズはうまくいっていた。
「ソ・ファ・ミ・ミ・ミ」からはむずかしい。「5−4−3」の連動に苦労している。
1音ちがうだけで最初からやりなおそうとするので、「つづきからやりなさい」と強く出る。登園時間のことがあるからだ。
不満だが、途中から練習するいっちん。しかしそれで最後まで弾きとおすものの、眼に涙をためて、「もうおとうさんのいうことはきかないから、いっちんをほうってほいて…」とことばだけは強気だ。
「もう登園だから、お父さんは玄関で待っているよ。レッスンはおしまいだよ」といって出かける仕度をはじめる。
いっちんは猛然と「山の音楽家」を練習しはじめた。
練習してくれるのはありがたいが、あてつけのようになっている。
玄関から呼ぶ。「もう、時間に遅れちゃうぞ」
するとドアをあけて、昨夜、描きあげたピンク基調のすてきなお絵かきを持ってあらわれた。
「これをおったの、おとうさんでしょ!」
紙がすこし折れている。たしかに僕かもしれない。スケッチブックとかさなっていたペラ紙をクシャッとやった記憶があるような、ないような。
「ごめんね」といったが、いっちんは攻勢に出て、「もう、おとうさんなんかしらないから」
そんなやりとりをしつつ、登園して行った。
さてさて。
1.レパートリー 「山の音楽家」
2.譜読み 呉暁「5才のリズムとソルフェージュ」 ふよみ 第35〜36番
3.リズム 呉暁「5才のリズムとソルフェージュ」 リズム 第5〜6番
4.ノート 「みぎて」 第31〜32番「おばけだ こわい エレベーターで すーう」
*** *** ***
いっちんはレッスン時の機嫌が安定しない。ふだんの生活はふつうになったが。
ふーこは今朝、3,400グラムを超えた。頬がふくらみはじめ、首の肉が二重に。やった。生まれたときとくらべると、「あなただれ?」という感じだ。
09:00をまわってレッスンがはじまる。たいした時間がとれないのが残念だ。
「5才」からふよみ課題の第35番の復習をする。
こちらが音符を指さし、じゅんに読んでゆく。つぎに手でリズムをたたく。そのリズムどおりに、音符を読んでゆく。最後に歌う。
昨日はようやっと最後までたどりついていた課題が、今日は2分くらいで、すんなりとできた。
本人もうれしいらしく、「きのうよりも、はやくできるようになったね。ひとつもまちがえなかったね」といって頬ずりを要求してくる。むお〜。
気をよくしていたので、つぎの第36番にもすすむ。
ヘ音記号の楽譜だ。いっちんは慎重にひとつずつ読みくだし、最後に歌った。
リズムは第5番を練習した。
おそらくすぐにひとりでできるだろうと見きわめて、予備練習なしではじめる。
右手で打つ「タタ・タン タタ・タン タン・タン タタ・タン」だけは確認させ、すぐに両手で異なるリズム奏を実施。1回で上手にできた。いっちんが、すでに自分のやるべきことを理解しているので、あとは練習あるのみ。
「おお、できた! すごいじゃないか、1回で。それじゃ、第5番は卒業しようね」といって、つぎにすすむ。
第6番は右手が2分音符だ。
しかし前回、この課題で失敗した記憶がよみがえってきたらしく、いっちんはきゅうに弱気になる。2分音符を示して、このリズムはなんて読むの? と訊いても答えない。
「ターア」だよね、としびれを切らせて僕がさきにいうと、怒る。
「さきにいわないで」とごねる。しかしそんなに口のなかでモゴモゴいっていたら、こちらに聞こえないじゃないか…。
右手でリズムをたたく。
前回の失敗の原因は、「ターア」で音符をのばす(ア)のとき、手はテーブルの上に置かれているものの、ひじを上下に動かしてのばした拍を勘定するためだ。これはいっちんが無意識に開発したテクニック。
いっちんが直感的に拍を感じていることは幼児のころから気づいていたが、両手で異なるリズム奏をする場合、右手がリズム本体を打つと同時に拍を勘定するような動きをすると、左手をあわせるのがよほどむずかしくなるのだ。拍を勘定しているのは、左手の役割なのだから。
両手で異なるリズムのむずかしさは、ひとりで、複数の時間をコントロールするところにある。右手+左手だけでもむずかしいのに、右手に2役、左手に1役で合計3役ではたいへんだ。
そこで僕は「ターア」で右手のひじを振るのをやめるようにいったのだが、自分のやりかたに口出しされるのを嫌ういっちんは反抗的だ。
「それじゃ、しかたがない。いっちんのやりたいようにやりなさい。ただしむずかしいぞ」
両手であわせる。
失敗する。
このまま練習をさせても実りはないので、ピアノ弾奏に切りかえさせた。
時間がもうないので、今日は「山の音楽家」のみとする。
最初のフレーズはうまくいっていた。
「ソ・ファ・ミ・ミ・ミ」からはむずかしい。「5−4−3」の連動に苦労している。
1音ちがうだけで最初からやりなおそうとするので、「つづきからやりなさい」と強く出る。登園時間のことがあるからだ。
不満だが、途中から練習するいっちん。しかしそれで最後まで弾きとおすものの、眼に涙をためて、「もうおとうさんのいうことはきかないから、いっちんをほうってほいて…」とことばだけは強気だ。
「もう登園だから、お父さんは玄関で待っているよ。レッスンはおしまいだよ」といって出かける仕度をはじめる。
いっちんは猛然と「山の音楽家」を練習しはじめた。
練習してくれるのはありがたいが、あてつけのようになっている。
玄関から呼ぶ。「もう、時間に遅れちゃうぞ」
するとドアをあけて、昨夜、描きあげたピンク基調のすてきなお絵かきを持ってあらわれた。
「これをおったの、おとうさんでしょ!」
紙がすこし折れている。たしかに僕かもしれない。スケッチブックとかさなっていたペラ紙をクシャッとやった記憶があるような、ないような。
「ごめんね」といったが、いっちんは攻勢に出て、「もう、おとうさんなんかしらないから」
そんなやりとりをしつつ、登園して行った。
さてさて。

